伏見について


札幌市地図(昭和26年)札幌市公文書館所蔵


藻岩山に見守られ、抱かれるように。
その麓には、脈々と住み継がれてきた
確かな暮らしがありました。
札幌本府建設が始まった2年後の明治4年(1871年)、
その南西でもまた新たな開拓の鍬が下されました。
その村には名前がなく、4世帯が居を構えていたことから
四軒村と呼ばれていたそうです。
その後、山鼻村、藻岩村に編入されていくなか、
明治後期には伏見稲荷神社を藻岩山の中腹に遷座。
それからその界隈を神社にちなんで
「伏見」へ改称したといわれています。
昭和に入ると住宅地として分譲され始め、
多くの文化住宅などが並ぶ憧れの地となっていきました。
現在、「伏見」と呼ばれていた地の大半の住所表記が
変わってしまいましたが、当時の情緒を残しながら
いまも多くの人々に愛されています。
  • 伏見神社(撮影年不明)
    伏見神社(撮影年不明)
  • 1962年頃の伏見地区
    1962年頃の伏見地区